賃貸不動産(建物)の修繕費は、すぐに経費にはならないのですか?
私(63歳:男性)は、親から引き継いだ、2棟の不動産(賃貸アパート1棟、賃貸事務所1棟)を持っています。
そのうち、賃貸アパートが築30年を経過しており、最上階の天井から雨漏りがし、また、一部の階の天井からも雨漏りがするようになりました。
工事業者に見てもらったところ、
「屋上の防水工事が必要です。また、壁の側面から各階の天井に水が入ってくるので、側面の防水工事も必要です。見積もったところ、総額で800万円ほどかかるかもしれません。」
と、言われました。
そのため、工事業者に代金を支払って防水工事をしてもらいましたが、確定申告時期が近づいてきて、この800万円をすぐに経費にして良いかどうか、悩み始めました。
税務署に相談に行ったり、知り合いの税理士先生に相談したところ、この800万円は、
- すぐに経費になる(修繕費としてその年の経費になる)
- すぐの経費にならず建物として減価償却をする(資本的支出として何十年かで経費になる)
といったように、聞く人ごとに意見が分かれています。
どのように考えたら良いのでしょうか?
税理士 石橋將年(いしばしまさとし)
まずは、その防水工事の工事明細・工事報告書を見てみてください。
その工事内容が一般的な方法によって行われていたのであれば、すぐの経費(その年の経費)になる可能性もありますし、特別な工事・工法であれば、資本的支出としてすぐの経費にならない(減価償却して何十年かで経費にする)可能性もあります。
具体的にご説明していきましょう。
※ ここでのご説明は、令和1年時点の法律を前提としています。税金の法律は頻繁に改正されますので、必ず事前に税理士等の専門家にご相談ください。
建物の価値が上がる?使える年数が伸びる?
建物といった高額な資産は、購入・建設した年に、すぐに経費にしてしまうと、収入・経費のバランスがとれず、きちんとした利益計算・税金計算ができません。
そのため「減価償却(げんかしょうきゃく)」という考え方で、その建物が使えるであろう年数(約20年~50年程度)で、分割して経費にしていこう、という考え方があります。
※詳しくは減価償却は必ずしなければならないのですか?を参考にしてみてください。
リンク先のご説明は法人でのご説明になりますが、基本的な内容は個人も同じです。
※大きな違いは法人は任意償却(減価償却したりしなかったりが自由)なのに対し、個人は強制償却(必ず減価償却しなければならない)といった点があります。
ところで、建物に、何か、特別な設備をつけた場合は、
「建物の価値が上がった・伸びた」
と考えて、新しく付けた設備については、すぐの経費にならず、新しく建物(または建物附属設備・器具備品)を購入・建設したと考えて、減価償却により、少しずつ経費にすることになります。
税務署が代表例?として挙げているものとして、建物本体に、新しく非常階段を設置した事例があります。
このように、建物とくっついていて、建物の価値を高める(=非常階段が付いたので、建物の総合的な価値が上がる)ものは、すぐの経費とはならず、減価償却をして少しずつ経費にします。
※これを「資本的支出(しほんてきししゅつ)」といいます。
これは何も、私の意見ではなく、税務署の公式見解です。
「所得税法基本通達37-10(資本的支出の例示)」業務の用に供されている固定資産の修理、改良等のために支出した金額のうち当該固定資産の価値を高め、又はその耐久性を増すこととなると認められる部分に対応する金額が資本的支出となるのであるから、例えば、次に掲げるような金額は、原則として資本的支出に該当する。(1)建物の避難階段の取付け等物理的に付加した部分に係る金額(2)用途変更のための模様替え等改造又は改装に直接要した金額(3)機械の部分品を特に品質又は性能の高いものに取り替えた場合のその取替えに要した金額のうち通常の取替えの場合にその取替えに要すると認められる金額を超える部分の金額(注)建物の増築、構築物の拡張、延長等は建物等の取得に当たる。
このように、外から見て、明らかに別の設備を設置した場合は、修繕費ではなく資本的支出として、少しずつ、減価償却で毎年の経費にすることになります。
どうやって「資本的支出」と「修繕費」とを判断するのか?
非常階段のように、外から見て、明らかに価値が上がった?と分かるものについては、判断しやすいと思います。
ですが、
- 屋上の防水工事
- 壁の大規模な塗り替え
- 建物室内の床(畳・フローリング)の張り替え
といったように、価値が上がるのか(または使える年数が延びたのか)?上がらないのか?、分かりずらいものがあります。
このように判断が迷うものがありますので、税務署も考えていてくれて、「所得税法基本通達37-11~37-14」で、その例示をしてくれています。
※非常階段の設置といったように、明らかに新設備を設置・増築したものには、原則として使えません。また、建物の用途変更に伴う内装等も資本的支出になります。あくまで、判断に迷う時に使います。
ざっくり言いますと、次のようになります。
※説明上、災害が合った場合等の説明は省略しています。
- 20万円を超えるかで判断する
- おおむね3年以内に行っているか確認する
- 60万円を超えるかで判断する
- 昨年末の取得価額のおおむね10%以内かで判断する
- 明らかに修繕費であるか
(1)20万円を超えるかで判断する(所得税法基本通達37-12)
少額不追求(=細かい金額を考えても仕方がない)という考え方で、その費用が20万円に満たない金額であれば、その年の経費(修繕費)でいいですよ、ということになります。
(2)おおむね3年以内に行っているか確認する(所得税法基本通達37-12)
例えば、大昔に設置した非常階段をイメージしてください。
この非常階段は、材質が鉄でさびやすく、定期的(おおむね3年ごとに)にさび止め塗装をしないと、壊れてしまう。
そんな定期的なメンテナンスの場合は修繕費で良いと、と言っているんですね。
(3)60万円を超えるかで判断する(所得税法基本通達37-13)
上記までに当てはまらなくても、60万円未満であれば経費で良いですよ、と言っています。
※こちらも少額不追求という考え方から来ているものと思われます。
(4)昨年末の取得価額のおおむね10%以内かで判断する(所得税法基本通達37-13)
さらに、その年の前年末の、建物の取得価額の10%以内であれば修繕費になる旨も、通達には書かれています。
※例えば、建築金額1億円の建物であれば、1,000万円相当以下ということです。
ただし、最初にご説明したとおり、明らかに価値が上がるもの(非常階段の設置、新たな増改築等)は、資本的支出となりますので、お気を付けください。
※あくまで、価値が上がらない、使用年数が伸びない、用途変更していないと判断されるものだけです。
なお、これとは別に「所得税法基本通達37-14(資本的支出と修繕費の区分の特例)」というものがあり、支出費用の30%と前年末取得額の10%とのいずれか少ない金額を修繕費にしてよい、という特例もありますので、お気を付けください。
(5)実質で判断する(所得税法施行令181条)
ですが、金額が大きい修繕をすることもあるかもしれません。
※例えば、3,000万円の建物に、車が突っ込んできて、外壁を修繕して500万円かかってしまった場合にようにです。
分からないようであれば裁決事例も確認する
今回のご質問者様のように、屋上の防水工事の場合、金額が大きくなり、形式基準では対応できない(=金額だけで判断すると資本的支出になってしまう)こともあるでしょう。
その場合は、国税不服審判所の裁決事例も参考にしてみるとよいでしょう。
※国税不服審判所とは、税務署の判断に納得ができない場合で、裁判する前に、中立な立場で判断してもらえる、国の役所のことです。
今回のご質問者様に関係しそうな裁決として、次が挙げられます。
「外壁等の補修工事は修繕費になるとされた事例」(平成1年10月6日裁決)
この事例では「資本的支出と修繕費の区分は、支出金額の多寡によるのではなく、その実質によって判定するものと解されるところ・・・」
※広くみんなに知ってもらうために公開されているものですね。
これらの裁決の共通点は、
- 特別な工事仕様ではなく一般的な工法で行われていること
※上質な材料等を使ったものでないこと - 建物をそのまま維持していくために必要な工事であること
といことが挙げられます。
ですから、ご質問者様の場合は、まずはその防水工事が一般的工法であるかを、工事明細を見たり、業者様に聞いたりして確認しましょう。
その結果、一般的な工法で行われていたのであれば、(雨漏りがし始めており、維持管理のためにやむを得ない措置であるため)修繕費として、その年の経費になる可能性は高いと思います。
賃貸不動産に関する税金は、色々と難しい部分があります。
また、税理士ごとに判断基準が違うので、色々な判断があると思います。
税理士変更等で、過去の税理士先生がされた処理を見ることがありますが、凄く小さな金額を資本的支出としている方もいらっしゃいますし、逆に、すごい大きな金額を修繕費としている例もありました。
※内容を見ると「う~ん、これ、資本的支出じゃないかな~」と思われるものもありましたが(^^ )
「資本的支出にしても、数十年後にはいずれ経費になるんだからいいじゃない」というご意見もありますが、(法律の範囲内で)早めに経費にすることが、お客様の資金繰り改善にもつながります。
修繕費の工事明細は、きちんと確認するようにしたいですね。
※本記事に関する個別のご質問は、お受けしておりません。予めご了承ください。