夫婦間の現金・預貯金にかかる相続税とは?(財産は誰のもの?)
私(夫:70歳)は、個人で飲食業をしております。
この飲食店は、私が30年前に開業したのですが、おかげさまで、妻も手伝ってくれ、従業員にも恵まれ、順調に業績を伸ばし、ある程度の財産を残すことができました。
ところで、我が家では、お金の管理はすべて、妻(65歳)に任せております。
具体的には、私の通帳は、お店の分や家庭の分も含めて、全て妻に預けてあります。
普段は通帳残高を確認しないのですが、ひょんなことから、妻の預金残高を見たところ、私以上に預金残高があり、疑問を感じました。
個人事業は私が行っていますから、税金を払った残りのお金は私のものだと思います。
また、妻に給料は払っていますが、それも月25万円程度(年間で300万円程度)のため、それら全てを使わないで貯めていたとしても、それを遙かに上回る残高だったからです。
妻に預金の残高について聞いたところ、
「あなた(夫)が稼いだお金は私のもの。私が稼いだお金はあなたのもの。夫婦共有のようなものね」
という返答でした。
どうやら妻は、私と妻とで、きちんと区別して管理していないようです。
ところで、先日、顧問の税理士先生にお会いする機会があったので、このことについて相談してみました。
そうしたところ、
「奥様が稼いだお金(お給料としてもらったお金)以上のお金を持っていたら、それはご主人が稼いだものだからご主人のものです。名義は奥様ですが、ご主人が亡くなった時は、相続財産になり相続税がかかりますよ」
とのことでした。
具体的に、税務署にどう指摘されるのか、税理士先生にお尋ねしたところ、
「とにかく税務署は怖いところだから、何でもかんでも言ってきますよ!」
とご返答頂き、具体的なお話しは頂けませんでした。
顧問の税理士先生がお話しされていたことは本当でしょうか?
また、本当であれば、妻の預金のうち、どれくらいが私(夫)のものとされ、相続税がかかってしまうのでしょうか?
税理士 石橋將年(いしばしまさとし)
そのお話は本当です。
ご主人に万が一があり、ご主人に相続があった場合は、ご主人の遺産に相続税がかかります。
そのとき、税務署は、このように指摘する可能性があります。
「奥様名義の預金のうち、一部はご主人が稼いだものでしょう。ですから、ご主人名義の預金だけでなく、奥様名義の預金の一部にも、相続税をかけますよ」
具体的にはご説明していきましょう。
よく、「夫婦共有財産(ふうふきょうゆうざいさん)」という言い方をする方がいらっしゃいます。
確かに、夫婦で稼いだものは夫婦のもの。
これは、感情的には分かります。
ですが、日本の税務署はそのように考えず、各個人それぞれが稼いだお金は、それぞれ個人のものと考えるんですね。
具体的には、つぎのご説明のとおりです。
現金・預貯金は誰のものか?
相続税を計算する際は、相続した財産(省略して「相続財産」という呼び方をします)について、次の事項を調べる必要があります。
- 相続財産の金額はいくらか?
- 相続財産は誰のものか?
金額についてですが、現金や預貯金の金額を計算するのは、そんなに難しくありません。
現金であれば、お亡くなりになった日(相続開始日)の残高ですし、預貯金であれば、預金残高に利息を加算した金額です。
ですが、実務で悩むのが、「相続財産は誰のものか?」ということです。
特に悩ましいのが、奥様(またはご主人)の現金・預貯金の残高が異常に多い場合です。
次の図をご覧ください。
この図によると、理論上の残高は、夫が1億5千万円、妻が9,000万円です。
(夫が生活費全額を負担していても、特に問題はありません)
ですが、この残高が次の図のように、ひっくり返っていたら、どうでしょう?
妻は、夫から30年にわたって給料をもらっていました。その収入が全てだとすると、そもそも9,000万円の収入しかありません。
それなのに、1億5千万の残高があったら、おかしくありませんか?
この状態で、つまり、夫9,000万円、妻1億5千万円の預金残高で、夫が亡くなったとします。
その場合、夫の預金残高が9,000万円である、と税務署に申告(報告)して相続税を計算してもよいものでしょうか・・・?
答えは、「税務署に怒られるかもしれない(税務調査があるかもしれない」、ということになります。
くわしくご説明しましょう。
相続財産を計算する際は、夫婦共有財産は考慮されない
日本の法律(民法)では、夫婦の財産について、つぎのように決められています。
- 第762条
- 夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産は、その特有財産(夫婦の一方が単独で有する財産をいう。)とする。
- 夫婦のいずれに属するか明らかでない財産は、その共有に属するものと推定する。
要するに、
- 結婚前の財産は夫と妻、それぞれのものである。
- 結婚後は、いずれに属するか明らかでない財産は夫婦共有となる。
ということを言っているんですね。
この法律は、主に離婚裁判のときに使われます。具体的には財産分与の金額を計算するときです。
結婚する前に持っていた財産は本人のもの。
対して、結婚してから一緒に稼いだ財産は夫婦共有のもの。
妻が夫を支えたのですから、夫も頑張って仕事ができたのです。当然ですね。
ですが、税務署はそうは考えません。
例えば、このような場合はどうでしょう?
妻は学校を卒業してから一環して専業主婦。
当然、お給料をもらったことはなく、収入は0円。
そして、夫は高給取り・・・。
この場合、奥様に多額の現金・預金(例えば1億円)があった場合、どうしますか?
私(税理士:石橋)自身の実務経験でもあった事例です。
考えられるのは、つぎのようなケースです。
- 結婚時に多額の結婚持参金をもらった
- 結婚後に、両親等から多額の贈与をしてもらった
- 少額の手持ち資金をもとに、投資で大もうけした
- 夫の生活費を少しずつ貯めた(へそくり)
普通のご家庭では、1~3はないでしょう。
そうすると、考えられるのは、4の「夫の生活費を少しずつ貯めた(へそくり)」というやつですね。
へそくりは、誰のモノでしょうか?
例えば、ご主人が奥様に、
「渡したお金の残りは、君(妻)にあげます。後は好きにしてください」
と言ったとしましょう。
普通に考えると、生活費の残りは、奥様のものになった。そう考えるでしょう。
ですが、税務署はこう言うのです。
「ご主人が稼いできたお金はご主人のものです。当然、その残った分(へそくり)もご主人のものです。例え、ご主人があなた(妻)にあげると言っていたとしてもです!」
これは、残念ながら、税務署の言うとおりなんです。
実務上は、原則として、奥様が貯めたへそくりはご主人の相続財産になってしまい、相続税がかかってしまうんですね。
以前、「こんなのおかしい!」と異議をとなえた方が税務署と争いました。
国税不服審判所(税務署と納税者との争いを判断する場所)で争いましたが、税務署側の判断が正しいという決着になったんですね。
納税者(奥様)は、色々と反論したのですが、税務署からダメと言われてしまいました。
要するに、税務署は、
「相続税を計算する際は、遺産の名義だけにとらわれず、誰が稼いできたお金なのかで判断してください」
といっているのです。
そうしないと、税金が不公平になってしまいますから・・・。
夫婦どちらの財産か、迷った場合はどうすれば?
最初の図のように、お金の残高が明らかに逆転している場合や、夫婦間できちんと区別して管理していなかった場合は、夫と妻の現金・預金が混在(ゴチャゴチャ)になってしまっています。
そのような場合は、夫の相続財産はいくらで計算すればよいのでしょうか?
その場合ですが、実務上は、夫の理論的な現金・預金残高を推定して計算することになります。
理論的な残高の考え方ですが、つぎのようになります。
「本来あるべき収入-本来あるべき支出=理論上の残高」
計算例としては、つぎのようになります。
(本当はもっと複雑になります)
理論上の収入 | 給料 | 9,000万円(300万円×30年) |
年金 | 1,000万円(100万円×10年) | |
配当金 | 100万円(10万円×10年) | |
収入合計 | +10,100万円 | |
理論上の支出 | 生活費 | 0円(夫が全額負担) |
遊興費 | 2,500万円(50万円×50年) | |
支出合計 | △2,500万円 | |
理論上の預金残高 | 10,100万円-2,500万円=7,600万円 |
この表はあくまでも一例で、本当はもっと詳細に検討することになります。
例えば、収入や支出には、つぎのような項目が含まれます。
- 収入・・・給料・事業収入・年金収入・配当収入・株式売却収入・不動産売却収入・相続贈与収入等
- 支出・・・事業経費・子供の教育費・生活費・健康保険料・年金保険料・生命保険料等
要するに、考えられる全ての収入・支出を検討して、理論的な現金残高・預金残高を検討・計算することになります。
また、大切なことですが、これらの検討をした場合は、検討結果を税務署に提出する方が良い(場合がある)、ということです。
例えば、最初の例のように、夫と妻との理論的な預金残高が逆転していた場合は、相続税の申告書に次のような説明書きをつけることがあります。
(これは一例です。税理士ごとに方法が異なります。説明書きをつけない税理士先生も多くいらっしゃいます)
- 相続人甲の預金残高について
- 被相続人甲の配偶者である乙の預金残高を検討した結果、実質的には被相続人甲が稼得した預金が含まれていることが判明しました。
- 具体的には、次の計算結果のとおりであるため、ご報告させて頂きます。
- (計算課程は省略)
このような計算・検討をした場合は、相続税の申告書に説明書きをつけて、きちんと税務署に報告するという姿勢が税理士に求めるでしょう。
(付けると、逆に誤解を生むような場合は、あえて付けませんが・・・)
今まで、色々な相続税申告書を見てきまし、税務調査も経験しましたが、その実感として、
「疑わしいところは、最初からきちんと税務署に説明する」
という姿勢で臨んだ方が、良い結果が生まれると思います。
※ 税務署の方も人間です。最初から「このように、きちんと計算しました」という結果を見れば、心象もよく、万が一税務調査になっても、無理難題を言われないと思います。
私の経験上、ご信頼関係のあるご夫婦ほど、預金の管理をどちらか一方がされていることが多いです。
(例えば、通帳とキャッシュカードを、夫が妻に全て預け、夫は残高も確認しない、といった方もかなりいらっしゃいます)
その場合、奥様に悪意はないのですが、お金がゴチャゴチャになってしまい、どちらか一方の現金・預金残高が多くなってしまうことがあります。
このようなことは、良くありますし、不自然ではありません。
(不自然と考えるのは税務署だけです(^_^))
ですが、税金はきちんと払わなければなりませんので、収入と比較して現金・預金が多すぎる、少なすぎる、といった場合は、上記のような考え方のもと、計算されてみてはいかがでしょうか。
(ただし、きちんとした計算、税務署に疑われない書類作りは、相続に詳しい税理士でないとできないと思いますが・・・)
※本記事に関するご質問には、お応えしておりません。予めご了承ください。