相続の承認や放棄とは何ですか?
父が亡くなりました。相続人は、長男である私と、次男の二人です。
父が持っていた遺産は、おそらくですが、次の通りだと思います。
- 自宅(土地・建物)・・・時価約5,000万円
- 事業用資産・・・時価約500万円
- 借金(事業に関するもの)・・・約6,000万円
初七日が終わり、身内から
「父の遺産をきちんと調べた方が良い。もし借金がたくさんあったら、手続きの期限が決まっているから」
と言われました。
私は父と上手くいっておらず、父がどれだけの財産と負債があるか知りません。弟も同じだと思います。
このような状況のなか、私と弟が相続手続きを進めていくことになりますが、具体的に、何に気を付けた方が良いのでしょうか。
税理士 石橋將年(いしばしまさとし)
まずは、財産が本当にご質問のとおりなのか、急いで調べてみてください。
そのうえで、簡単な財産リストを作り、本当に財産よりも借金の方が多いのか、確認してください。
そして、万が一、借金の方が多ければ、早めに相続放棄のお手続きを検討してみてください。
相続放棄のお手続きは、原則として、相続開始から3ヶ月以内に行わなければなりません。
相続には、大きく分けて、次の3つのお手続きがあります。
- 単純承認
- 相続放棄
- 限定承認
順番にご説明していきましょう。
1.単純承認とは?
単純承認とは、「亡くなった方の全ての遺産を引き継ぐ」ということです。
実務では、ほとんど(99%以上といってもいいかもしれません)が、1の単純承認を選ぶことになります。
といいますのも、普通の方はプラスの財産がマイナスの負債よりも多いはずだからです。
後でご説明する相続放棄を選んでしまいますと、財産と負債、両方を受け取ることができなくなってしまいます。
ですので、普通の方(明らかに財産の方が負債よりも多いと思われる方)がお亡くなりになった場合は、この単純承認を選びます。
なお、選ぶといっても、特別なお手続きは不要です。
被相続人の財産を少しでも引き継げば、単純承認を選んだとされるからです。
2.相続放棄とは?
相続放棄とは、亡くなった方の全ての財産・債務を受け取らない(放棄する)ということです。
検討するケースとして、お亡くなりになった被相続人が債務超過になっている場合です。
考えられるケースとして、債務超過の他人から個人的な借金をしている方、中小企業の社長様が挙げられます。
遊興費等でお金を使ってしまい、知人から多額の借金をしている方の相続人は、相続放棄を検討することになるでしょう。
経営状況がよろしくない中小企業の社長様のご家族も、相続放棄を検討する必要があるかもしれません。
会社が銀行から借り入れをして、それが返済出来ない場合です。
ですが、銀行も頭の良い人達の集まりですから、担保や保証人がなければ貸しません。このような場合は、社長だけでなく、社長の奥様といったご家族が連帯保証人になっているでしょう。
そうしますと、相続放棄しても、連帯保証人である奥様が借金を返済しなければなりませんから、相続放棄の意味はないことになります。
また、以前、知り合いの税理士から
「私の親戚のおじさんが、東北の震災で行方不明になってしまった。そのおじさんは天涯孤独で独り身。でも借金が相当あったと聞いている。どうすれば良いか?」
とのご質問を頂きました。
そのおじさんの財産状況を調べたくても、調べようがないはずですから、相続放棄をお勧めしましたが・・・。
なお、相続放棄をする際は、単純承認とみなされないことが必要です。
具体的にはつぎがポイントになります。
単純承認とみなされる場合
相続の手続きをしないでいると、亡くなった被相続人の利害関係者は困ります。借金の取り立ても思うように行きません。
そのため、相続人が相続を単純承認するのか、放棄するのかを、きちんと明らかに必要があります。
ですので、法律(民法)では、つぎのような場合には、単純承認をしたものとみなす、ということになっています。
これによって、相続人に早い決断をうながしているのです。
① 相続財産の一部、または全部を使ってしまった場合(預金の一部を引き出して使用した等)
② 相続開始があったことを知ったときから3ヶ月以内に限定承認の手続も相続放棄の手続も行わなかった場合(つまり何もしなかった場合)
③ 限定承認、あるいは相続の放棄をしたあとであったとしても、相続財産の一部または全部を隠匿していた場合、または消費した場合
要するに、相続放棄をする場合は、つぎに注意すべきということです。
- 財産を原則として1円たりとも使ってはいけない(原則として葬儀費用も不可)
- 相続開始から原則3ヶ月以内に家庭裁判所に相続放棄の申請をしなければならない
ただ、家庭裁判所(相続放棄は家庭裁判所に申請します)も、事情があれば認めてくれる場合もあるそうです。
このあたりは、相続放棄を実際にされている弁護士先生や司法書士先生の判断によることになります。
また、相続開始から3ヶ月を過ぎると、絶対に相続放棄できない、とお思いの方もいらっしゃいますが、半分正解、半分間違いです。
特別な事情(例えば借金が全くないと思っていたが実際にはあった)と家庭裁判所に認めてもらえれば、相続放が認めらレル場合があります。
このあたりは、相続放棄のお手続きを多く経験された、弁護士先生や司法書士にお願いすべきでしょう。
事情を丁寧に、細かく書いて申請して頂ける実務家の先生にお願いすべきですね。
3.限定承認とは?
今までは、全ての財産を相続する「単純承認」と、全ての財産を相続しない「相続放棄」をご説明してきました。
では、この2つの折衷案、いわば良いとこ取りの制度があれば良いと思いませんか?
債務の範囲内で財産を相続する方法として、「限定承認(げんていしょうにん)」という方法があります。
一見、使いやすい制度では?と思われるかもしれませんが、次の理由により、ほとんど使われていません。
(1)手続きが非常に面倒である
まず、難しい法律手続きがありますので、弁護士や司法書士に依頼する必要があります。
また、これら専門家のなかでも、限定承認を経験している専門家はほどんどいません。
(ほとんど使われていない制度のため、経験者が極めて少ないのです)
(2)相続人全員で申請しなければならない
相続人が何人もいた場合、全員が一緒に限定承認の申請をしなければなりません。
ということは、相続人の一人が預金を勝手に使ってしまった場合、限定承認ができないということになります。
全員の意思統一ができるのか。それも問題になります。
(3)財産が原則として競売されてしまう
財産は、原則として競売により換金して、債務の返済に充てなければなりません。
どうしても残したい財産(自宅等)があった場合は、裁判所が選任する不動産鑑定士等により、金額を鑑定してもらう必要があります。
また、自宅に抵当権が付いている場合は、抵当権者(銀行等)と話し合いをして、外してもらうよう、交渉しなければなりません。
(4)税金がかかる
限定承認は、原則として全ての財産を換金して(お金に換えて)、借金を返済します。
ということで、税金の法律では、(実際に売却していなくとも)売却したものとして、売却益に税金をかけるということにしています。
先祖代々の土地ですと、多額の売却益が出るはずですから、税金も多額になるでしょう、
これが、限定承認が使いづらい、一番の理由かもしれません。
限定承認の流れ
ご参考のため、限定承認の流れをご説明しておきます。
限定承認をした場合、限定承認をした5日以内にすべての相続債権者および受遺者に対して、限定承認した旨、請求の申し出をすべき旨を、2ヶ月以上の一定の期間、官報に掲載して公告しなくてはいけません。
また、限定承認は、原則として全ての財産を換金します。(お金にします)
そして、そのお金で債務を弁済することになります。
(1)期限
限定承認は、相続の開始があったことを知った日から3ヶ月以内に家庭裁判所に相続財産目録を作成して提出しなければなりません。
仮に3ヶ月以内には財産・債務を調べきれない場合は限定承認の期限を延長することができます。
(2)申立人
限定承認は、相続人が何人もいる場合は、全員で行わなくてはいけません。
ですので、限定承認をしたくない、という相続人がいる場合には、限定承認を行うことができません。
相続の承認・放棄のまとめ
相続を単純承認するにしても、放棄するにしても、日頃から家族間のコミュニケーションを取ることが大切です。
普段から親子で会っていれば、親にどれくらいの財産があるか、どれくらいの借金があるかが分かるはずです。
もし分からなくても、少なくとも、財産より借金の方が多い、ということくらいは分かるのではないでしょうか。
相続があってから慌てるよりも、万が一に備えて、普段からご家族間で色々なことを話し合うことが大切です。
悩み事がありますと楽しくありません。
お悩みがあれば、早めに専門家に相談して解決しましょう。
※本記事に関するご質問には、お応えしておりません。予めご了承ください。